五山送り火・広沢池灯籠流し(後編)

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そして、20時20分・・・



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五山の送り火の最後を飾る鳥居形に火が入りました。(2010年8月16日訪問)
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一気に炎が鳥居の形を作っていきます。
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その火勢は池面を焦がすほどの強さで、
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炎から煙が上がります。
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厳かに読経が流れる中、
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闇に浮かび上がる色とりどりの灯籠の灯りと鳥居形の送り火が、
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幻想的で神聖な雰囲気を醸し出していました。
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祇園祭とともに京都の夏を代表する風物詩の一つ「五山の送り火」は、
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お盆に戻って来られたお精霊さまをふたたび冥府に送るという意味をもつ宗教的行事ですが、
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これが一般庶民も含めた年中行事として定着するようになったのは室町から江戸時代以後のことであると言われています。
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8月16日20時ちょうどに東山如意ケ嶽の「大文字」、20時10分に松ヶ崎の「妙法」、20時15分に西賀茂船山の「船形」と金閣寺大北山の「左大文字」、そして20時20分に嵯峨曼荼羅山の「鳥居形」に点火されます。
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他の四山が井桁にあらかじめ薪を積み上げ点火するのに対して、鳥居形は昔からの方法を守り、薪を合わせた松明を燭台に乗せ親火の所で松明に火を移し一斉に松明を持って走り各火床に突き立て点火します。
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火床の数は、108箇所あり、百八の煩悩を焼き尽くすという意味も込められています。
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送り火の点火時間は30分間。
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お精霊様を送るための厳かに灯された火に、そっと手を合わせ祈ります。
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そして・・・
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少しずつ火が消されていきます。人々の祈りとともに、お精霊さまは冥府に戻っていかれました。
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送り火の終わった広沢池には、
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風に運ばれた灯籠が岸にたどり着いてきました。
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それはまるで夜空に浮かぶ天の川のように、
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美しい光の帯がどこまでも続いていました。
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五山の送り火が終わると祇園祭で明けた京都の夏も終わりを迎えます。実際にはまだまだ暑い日が続くのですが、何となくこの日を境に空の色や風の匂いに過ぎゆく夏の寂しさを感じていたように思います。

そして、今年は行くことはできませんでしたが今日、今年の五山の送り火が行われました。今日を迎えるまでに心痛む出来事もありましたが、送り火を見上げ、祈りを捧げられたたくさんの人々の想いはきっと届けられたものと思いたいです。
by kyoto-omoide | 2011-08-16 20:20 | 京都(夏) | Comments(0)
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