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2013年 07月 16日

祇園祭2011 -山鉾巡行(御池通)(郭巨山~山伏山)-

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綾傘鉾の次に郭巨山が進んできました。(2011年7月17日観覧)



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郭巨山は、中国の史話二十四孝の一人郭巨釜掘りの故事にちなんで造られ「釜掘り山」とも呼ばれています。
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山に飾る御神体の人形の郭巨と童子は寛政元年(1789年)金勝亭九右衛門利恭の作と伝わり、
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郭巨は、金の釜を発見した驚きの表情で鍬を持ち、童子は右手に唐団扇(とううちわ)、左手に紅白の大輪の牡丹を持っています。
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郭巨山は、この山に限って桐桜菊の欄縁の下に金地彩色宝相華文様の乳隠しが用いられ、日覆障子の屋根がかけられています。
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また、懸装品の新調製作に意欲的な山で、胴懸や見送なども順次新調されています。
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郭巨山を見送ると、河原町御池の交差点では次の鉾が辻回し中。
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ここまで響くほどの音頭取の掛け声で、
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巨大な鉾が45度、向きを変えていきます。
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方向が変わるまで3,4回繰り返される辻回し、山鉾巡行の見どころの一つです。
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無事辻回しを終えて進んできたのは菊水鉾。
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これもかなりの大きさを誇る鉾です。
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菊水鉾は、町内に古くからあった井戸「菊水井」にちなんで名付けられ、鉾頭には金色の透かし彫の菊花をつけています。
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元治元年(1864年)の兵火で焼失しましたが、昭和27年に88年ぶりに再興されました。
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青空の下を、
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大勢の人を従えてゆっくりと進んできます。
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右側の綱の引く曳手の人たちが近づいてきました。
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先頭を行く曳手さんも、
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後ろに続く大勢の曳手さんも、
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炎天下の中でも笑顔で引く姿が印象的でした。
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屋根は唐破風造りで、彫師海老名峰彰作の鳳凰の懸魚を飾り、軒下に翠簾を掲げるところは特に他の鉾と異なっているところです。
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昭和29年には皆川月華作唐獅子図の胴懸、飛鶴図の前懸が作られ、30年には月華作孔雀図の豪華な見送が完成しました。
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その後山鹿清華作の下水引、皆川泰蔵作の二番水引が加えられ、38年には三輪晁勢筆天井絵が完成。
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また、最近晁勢筆の天水引、月華作の下水引、岩澤重夫筆の深山菊水図綴織見送があらたに完成するなど、
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菊水鉾は年々装飾が充実し、「昭和の鉾」としての偉容を示してきています。
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煌びやかな菊水鉾を見送ると、
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白楽天山が進んできました。
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唐の詩人白楽天が道林禅師に仏法の大意を問う場面に由来しています。
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道林禅師は、緞子地の紫衣を着け、藍色羅紗の帽子をかぶり手に数珠と払子を持ち松の枝の上に座し、白楽天は唐織白地狩衣の衣裳に唐冠をかぶり笏を持って立っています。
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前掛のタペストリーはトロイ戦争の1場面を表した16世紀ベルギー製で、
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他にもフランスで18世紀に製作されたゴブラン織の見送「水辺の会話」や、山鹿清華作の見送「北京万寿山図」手織綿など、各国の織物の美の競演が楽しめます。
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菊水鉾に続くように白楽天山が進んでいきました。
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次に進んできたのが、
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山伏山です。
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その名の通り、御神体の人形が山伏の姿をしており、
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昔八坂の法観寺の塔が傾いたとき法力によってそれをなおしたという浄蔵貴所の大峯入りの姿を表しています。
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左手に刺高数珠、右手には斧を持ち、腰には法螺貝をつけています。
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宵山には聖護院の山伏たちの巡拝があり、また八坂神社からの清祓も行われ、神前に供える三宝も仏式の黒塗のものが用いられているなど、明治初年の神仏分離以前の姿をこの山には見ることができます。
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山伏山を見送ると、この次には大変人気の高い山がやってきます。

by kyoto-omoide | 2013-07-16 11:50 | 京都(祭) | Comments(0)
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