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2018年 11月 14日

そうだ 京都、行こう。 -2018年紅葉 一休寺-

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一休寺。



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国道から、
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看板に沿って進んでいくと、
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紅葉に包まれた
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一休寺の山門が見えてきました。
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今年の秋の「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーン寺院に選ばれたのは、
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京田辺市にある一休寺。
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紅葉期には今から10年前に訪れていました。(2008年11月14日訪問)
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山門をくぐると、
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紅葉に抱かれた参道が続いていました。
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まずは、
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モミジが浮かぶ、
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手水舎で手を清め、
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美しい参道を進んでいきます。
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一休寺は、室町時代の禅僧・一休宗純(いっきゅう そうじゅん)が晩年を過ごしたお寺として知られ、
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元は妙勝寺というお寺で、鎌倉時代の臨済僧・南浦紹明(なんぽ じょうみょう)が中国・宋から帰ってきた後に建てた禅の道場でした。
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その後、戦禍により荒れ果てていた寺を一休さんが再建。師の恩に報いるという意味で「酬恩庵」と名付け、60歳過ぎから88歳までを過ごしました。
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宮内庁が御陵墓として管理していることを示す菊花の紋の門扉の向こうには、
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一休禅師のお墓「宗純王廟」があります。一休禅師は文明13年(1481年)に88歳で示寂されましたが、これに先立って文明7年(1475年)ここに寿塔を立て慈楊塔と名付けられました。
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庫裏から、
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猫の足跡に導かれ方丈へ上がると、
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方丈庭園が広がります。
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方丈庭園は松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作と言われ、
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三面よりなる江戸時代の禅院枯山水庭園で、
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この南庭は、
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白砂の大海をあらわしたものとなっています。
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庭園の奥に見えるのは、左が先ほど見た一休禅師のお墓「宗純王廟」、右が茶室「虎丘庵」です。
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その庭園を、
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美しく紅葉が色を添えていました。
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宗純王廟と虎丘庵を背景としてこれら建物の北部斜面を利用してサツキの刈込があり、
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西部に大きい蘇鉄が植えられている、
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典型的な江戸時代の禅苑庭園となっています。
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刈込から軒下までは白砂が敷き詰められており、シンプルな中に落ち着いた風情を創り出しています。
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庭園の右側に見える、
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茅葺屋根の虎丘庵は普段は非公開ですが、
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2014年秋の非公開文化財特別公開で公開された際に訪れました。(2014年11月2日訪問。※今年は公開はありません。)
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この時は、通常は非公開の虎丘庵と浴室が公開されました。
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まずは虎丘庵へ。
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庫裏への石段の途中の、
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この小さな門から入り、
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中に上がります。
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虎丘庵はもともと京都東山の麓に在ったものを一休禅師74歳の時、応仁の乱のためこちらに移築したもので、
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扁額「虎丘」の字は禅師によるものです。
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虎丘の名は中国の禅僧虎丘紹隆に由来します。
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草庵造りの静寂穏雅な建物で屋根は檜皮葺で葺かれています。
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珠光をはじめ柴屋軒宗長、金春禅竹などたくさんの文人が集まる当時の文化サロン的役割を担い、
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その中で茶道や能など今現代に伝わる伝統芸能が数多く発信されました。
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周囲庭園は禅院枯山水様式のもので、
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特に東部は七五三に配石をしており、
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大徳寺山内真珠庵の七五三庭園と同一手法となります。
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作者は茶道の祖といわれる村田珠光と伝えられています。
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一休さんが晩年を過ごした虎丘庵。
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その昔に思いを馳せながらの拝観となりました。
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虎丘庵を出て、
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庫裏への門を戻り、
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同時に公開していた、
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「浴室」を見学しました。
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慶安3年(1650年)、方丈再建時に修復されたもので、
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その名の通りお風呂ですが、
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室町時代のお風呂は「蒸風呂」でした。

by kyoto-omoide | 2018-11-14 16:00 | 京都(紅葉) | Comments(0)
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