大和な雛まつり -源九郎稲荷神社-

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金魚のまち、
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大和郡山」。(2022年3月5日訪問)



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箱本館「紺屋」の通りの並びにある「おみやげ処こちくや」は、金魚をモチーフにした小物類、お土産、記念品などを売っています。
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金魚すくい道場が併設されていて、全国金魚すくい選手権大会のルールにのっとった練習ができるそうです。
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約300年の歴史をもつ大和郡山の金魚養殖は、
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現在は年間約5,500万尾を出荷し、愛知県弥富市、熊本県長洲町などとともに、日本有数の金魚の生産地として知られています。
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郡山城の城下町の風情が残るまちなかでも、さまざまなものに「金魚」をモチーフにした「もの」を見つけることができます。
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柳町商店街の入口、
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柳一丁目の角にあるのが、
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天正十三年(1585年)創業の、
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「御菓子司 本家菊屋」さん。
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郡山城主・豊臣秀長が、兄の豊臣秀吉を接待するために作らせたのが始まりという和菓子「御城之口餅」が有名です。
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お店の中にも金魚がいました。
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そして向かったのが、
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「源九郎稲荷神社」。
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こちらでも、
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春の境内に、
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雛人形が飾られます。
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「源九郎稲荷神社」は、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が創建した洞泉寺の護法神として祀られた神社です。
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神社名の源九郎とは、人形浄瑠璃・歌舞伎の『義経千本桜』に出てくる源九郎狐のことで、
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源義経が、兄頼朝の追手から逃れて吉野山に落ち延びた際に、
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義経の家来に化けて義経を守り通した狐こそ源九郎狐であり、
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義経は自分の幼少名である「源九郎」の名をこの狐に与え感謝の気持ちを伝えました。
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約150年前の江戸時代の雛人形や遊女が大切にしていた人形などを見ることができます。
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枝垂れ梅に彩られた雛人形を見て、源九郎稲荷神社を後にしました。
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こちらは近鉄郡山駅前のまる万食堂。もう15年ほど前に、矢田寺の紫陽花を観た後にこちらでお昼ご飯をいただいた記憶があり、寄ってみたのですが、何年も前に閉店されたそうです。
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お店の外観は健在で、
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かつてはメニューの品が並んでいたショーケースにお雛さまが並んでいました。
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懐かしさと寂しさに包まれながら、
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郡山城跡へ。
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織田信長の時代に、筒井順慶が築城し、
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豊臣秀吉の時代に、豊臣秀長が百万石の居城としました。
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江戸時代には郡山藩がおかれ、水野氏、松平氏、本多氏などの統治の後、柳澤氏が入り幕末まで続きました。
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明治維新後、多くの建物は破却されましたが、近年、追手門・櫓・天守台などが修復され、城跡として整備が進められてきました。
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櫓の外のしだれ梅が咲きそろう頃、
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城下町・大和郡山に春を呼ぶ「盆梅展」が開催され、
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愛好家が丹精込めて育てた「盆梅」約120鉢を、
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日本でも珍しい「お城の櫓」の中という厳かな雰囲気の中で鑑賞することができます。
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平成29年に整備が完了した天守台からは、
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大和郡山のまちなみとともに、
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平城京大極殿、薬師寺、
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若草山までのぞむことができます。
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天守台の裏手、北側の石垣には、付近から徴用されて築城に使われた数多くの石地蔵が、石垣に組み込まれたまま祀られています。
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石組みの間から奥を覗き込むと、逆さになった状態で石の間に埋もれている地蔵を確認することができ、これは「逆さ地蔵」と呼ばれています。
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雛祭りと盆梅の季節、
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大和郡山の街は華やいだ雰囲気に包まれます。
by kyoto-omoide | 2023-03-03 09:40 | 奈良 | Comments(0)
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