小田原 -海へと続くトンネル~御幸の浜~小田原邸園めぐり-

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海へと続くトンネル



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小田原駅から海へと歩いていくと、
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最近、SNSなどで有名になった、「海へと続くトンネル」が現れます。
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西湘バイパス高架下の、
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コンクリートのトンネルで、
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西湘バイパス開通年の1967年に防潮扉として誕生したトンネルが、
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半世紀の時を経て脚光を浴びています。
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モノクロの無機質の世界から、
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青い海が鮮やかな世界へ導くトンネル、
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令和3年度は15回閉められるなど、防潮扉として現在も本来の役割を果たしています。
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トンネルを抜けると、
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御幸の浜と呼ばれる美しい海岸が広がり、
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西に少し進むと、別のトンネルが見えてきました。
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今度は海側から、
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トンネルに入ります。
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トンネル内は緩やかな坂道になっていますので、
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青い海の色が、
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トンネルの壁に反射し、
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「額縁に広がる海」の風景が幻想的に広っていました。
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西湘バイパス高架下にあるこのトンネルは、
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津波や高潮から街を守るための防潮堤で、
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西湘バイパスが開通した昭和42年に作られました。
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その役割を忘れるくらい幻想的に映えるスポットとして近年人気が高まっていて、
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今回初めて訪れましたが、
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海へと続くコンクリートのトンネルを抜けた先に、
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広がる青い海とのコントラスト、無機質から有機質へ、
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モノクロから色鮮やかな世界へと変わる空間が、
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「扉を隔てて世界観が一変するトンネル」などとも称されるのがわかる特異体験を味わえました。
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そして海へと続くトンネルの向こうに広がる青い海は、
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「御幸の浜(みゆきのはま)」と呼ばれ、
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御幸とは「天皇や上皇、法皇の外出・旅行」を指す言葉ですが、
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1873(明治6)年に明治天皇と皇后がこの海を訪れて漁夫の地引網を見た浜であることが由来になりました。
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そして海に突き出た突堤の先に、
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赤い灯台が見えてきます。
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大海原に突き出すように立つこの灯台は、
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荒久の灯台と呼ばれ、
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正式には突堤(御幸の浜)標識灯と言い、
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航路の安全のため平成8年に突堤のうえに設置されました。
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突堤の上からは、
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エメラルドグリーンの綺麗な海を見渡し、
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青い海に赤い灯台が美しく映えていました。
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そして小田原邸園巡りへ。
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小田原には、
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明治の半ばから多くの政財界人や文人が、
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邸園(邸宅と庭園)を構えました。
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今もいくつかの邸宅と庭が残り、
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見学することができます。
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最初に訪れたのが、
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「松永記念館 老欅荘」。
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昭和の電力王松永安左ヱ門の邸宅として作られたのが老欅荘(国登録有形文化財)です。
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隣に立つのが「無住庵」。
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続いて向かったのが、
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「皆春荘」です。
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明治の元勲・山縣有朋の別邸で、
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庭園は山縣が自ら作庭を指揮したと伝えられています。
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皆春荘を少し下ったところには、
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大正期の実業家(男爵)大倉喜八郎が、大正9年(1920)に建築した別荘「山月(旧共寿亭)」がありますが、現在は立ち入り禁止になっています。
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そして最後に向かったのが「古稀庵」。
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こちらも山縣有朋が、明治40年(1907年)、
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70歳のときに構えた別荘です。
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庭園にはいくつかの滝があり、
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こちらは聴潭泉と呼ばれています。
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回廊を戻り、
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清らかな水の流れる、
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庭園に出ます。
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相模湾と箱根山を借景に築造された「古稀庵」は、
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有朋の所有であった目白椿山荘京都無隣庵とともに、
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近代日本庭園の傑作といわれています。
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こちらの滝は、
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洗頭瀑。
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清らかな水の流れは、
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琵琶湖疎水をひいた庭園が広がる無鄰菴を思い起こさせてくれました。
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箱根板橋駅から小田原に戻りますが、
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小田急のロマンスカーと新幹線のコラボが見れました。
by kyoto-omoide | 2024-03-08 09:30 | 箱根・小田原 | Comments(0)
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